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なぜ大人が推しを赤ちゃんにする?急増する「バブ扱い」の罠と心理

2026年10月12日 読了目安: 3 分 Gwina
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なぜ大人が推しを赤ちゃんにする?急増する「バブ扱い」の罠と心理
なぜ大人が推しを赤ちゃんにする?急増する「バブ扱い」の罠と心理
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🎵 なぜ大人が推しを赤ちゃんにする?急増する「バブ扱い」の罠と心理

バブ扱いという奇妙で熱烈な愛情表現が、いまやデジタル空間の日常風景として定着している。成人したアイドルや配信者、あるいは身近なパートナーに対して「〇〇ちゃん、今日もえらいねぇ」「お口元がバブちゃん」と、まるで生後数ヶ月の乳児のように愛でる光景だ。かつてはサブカルチャーの片隅でひそやかに交わされていたスラングが、SNSのアルゴリズムに乗ってメインストリームへと躍り出た。

スマホの画面を少しスクロールするだけで、その熱量は嫌でも伝わってくる。少しドジを踏んだり、眠そうに目を擦ったりした瞬間にあふれかえるミルク缶やひよこの絵文字。コミュニティが一体となって過剰な庇護欲を注ぎ込むバブ扱いの現象は、単なるふざけ合いの一言では片付けられない、現代人の切実な欲求を如実に浮き彫りにしている。

哺乳瓶の絵文字が飛び交うSNSの現場——推し活の新たな日常風景

バブ扱いの関連写真・ビジュアル
【画像】バブ扱い 関連ショット

推し活の最前線に身を置くファンにとって、この光景はもはや見慣れたものだ。TikTokを開けば、ステージ上で激しいパフォーマンスを披露するトップアイドルの映像に、あえて童謡風のBGMやミルクを飲む赤ちゃんのエフェクトを重ねた編集動画が数十万回再生されている。YouTubeの切り抜き動画でも、寝癖をつけたまま雑談する配信者の姿に「歩くバブ」「保護者会を開くしかない」といったコメントが隙間なく並ぶ。

この波は国境もやすやすと越えている。X(旧Twitter)やWeverseなどのグローバルプラットフォームでは、多言語で同様のミームが交わされている。完璧な肉体美を誇るはずのアーティストが、ファンから「우리 아기(ウリ アギ=うちの赤ちゃん)」と呼ばれ、巨大なぬいぐるみを持たされる。アイドル文化におけるファンとの距離感は、かつての「憧れと崇拝」から「一方的な育児感情」へとその手触りを大きく変貌させた。

なぜ推しや恋人を幼児化して愛でるのか?深層心理と「無害さ」への渇望

バブ扱いの様子・注目ショット
【写真】バブ扱い 近影・注目カット

なぜ人々は、大人である他者をあえて幼児の枠組みに押し込めて愛でるのか。心理学の視点から見ると、そこには人間が根源的に持つ「ベビースキーマ(幼児特有の身体的特徴に反応して保護行動が誘発される仕組み)」の巧妙なハッキングが存在する。丸い瞳、少しぎこちない仕草、無防備な表情。それらは本来、生存能力の低い乳幼児を保護するために脳内に刷り込まれたトリガーだ。

だが、現代の文脈においてより本質的なのは「無害さへの渇望」だろう。目まぐるしく変化し、欺瞞や利害関係が交錯する社会を生きる人間にとって、大人の生々しさは時に脅威となる。成人男性や成人女性が持つ性的なニュアンス、社会的な野心、あるいは攻撃性。それらを「赤ちゃん」というフィルターで脱色し、無垢で純粋な存在として再解釈することで、受け手は心理的安全性を獲得しているのだ。「この人は私を傷つけない」「絶対的に守られるべき存在である」という安心感こそが、熱狂的な幼児化を加速させている。

「バブみ」から「バブ扱い」へ:オタク文化が遂げた180度の地殻変動

バブ扱いの報道・詳細資料
【資料】バブ扱い 報道・メディア記録

言葉の変遷を振り返ると、オタク文化のダイナミクスが逆転した瞬間が見えてくる。かつて流行した「バブみ」という言葉は、主に受け手側が相手に対して「母性」を感じ、自分自身が相手に甘えたい、退行したいという願望を表すものだった。「バブみを感じてオギャる」というフレーズが象徴するように、かつてのファンは受け身の立場として相手に包摂されることを夢見ていた。

対して現在の「扱い」という能動態は、主客の立場を鮮やかにひっくり返した。ファンはもはや甘える側ではなく、無償の愛と世話を提供する「保護者」の座に就く。この主客の転換によって、ファンは推しに対して「親権」に近い感情移入を果たすようになった。お小遣い(スパチャやグッズ購入)を与え、成長を見守り、外敵(スキャンダルや誹謗中傷)から身を挺して守る。それは現代社会で希薄になりがちな「誰かを無条件に慈しむ役割」を、推しを通じて疑似体験する行為でもある。

K-POPからVTuberまで:ファンダムを熱狂させる演出の仕掛け

この現象は、受け手の一方的な暴走だけでは成り立たない。送り手側のコンテンツ設計もまた、ファンダムの幼児化欲求を巧みに煽る構造になっている。K-POPの世界では、ハイレベルなダンススキルを見せつける一方で、コンテンツの合間に見せるあどけない「愛嬌(エギョ)」や、メンバー同士がじゃれ合って甘える姿を公式カメラが克明に記録し、拡散を後押しする。

バーチャルなアバターをまとうVTuberの文脈では、この相互作用がさらに先鋭化する。卓越したトーク力やゲームの腕前を持ちながらも、舌足らずな喋り方や突拍子もないリアクションを見せるライバーに対して、チャット欄には即座に哺乳瓶の絵文字が滝のように流れる。演者側もファンが何を求めているかを瞬時に察知し、あえて「バブい」隙を演出する。共犯関係とも呼べるこの高度なコミュニケーションが、配信のエンゲージメントを爆発的に跳ね上げる燃料となっている。

愛情表現か、それとも無意識の脱力化か?知られざる関係性の落とし穴

しかし、愛という美名の下で行われる幼児化には、見過ごせない歪みが潜んでいる。その最大の落とし穴は、対象から「主体性と性的主体性、成熟した人間性」を奪い去ってしまう点にある。対象を赤ちゃんに見立てることは、相手を一人の大人として対等に向き合う労力を放棄し、自分にとって都合の良い「無垢なペット」に仕立て上げる暴力性を帯びかねない。

推し活においてこの歪みが限界に達すると、アイドルが恋愛をしたり、自身の政治的・社会的な意志を表明したりした瞬間に、ファンは「裏切られた」と激怒する。「純白の赤子」であることをファンが勝手に期待し、大人の人間としての当然の営みや感情を禁じているからだ。また、この力学は現実の恋愛関係にも忍び寄る。パートナーを過剰に子ども扱いして世話を焼き続ける関係は、やがて対等なパートナーシップを破壊し、一方を支配し依存させる共依存の罠へと転落していく。

「かわいい」のその先へ——歪みを越えて健全に推しを愛するための境界線

推しの不器用な一面を愛でること、日々の重圧を忘れて愛嬌に癒やされること自体は、誰にも咎められないエンターテインメントの果実だ。SNSのタイムラインに流れる軽妙なやり取りは、孤独な夜を少しだけ温かくしてくれる特効薬でもある。

けれど、画面の向こうにいるのは、血の通った一人の成熟した人間だ。どれほどミルクの絵文字を投げ合おうと、彼らには彼ら自身の人生があり、複雑な感情があり、他人の思い通りにはならない大人の意志がある。相手を「都合の良い赤ちゃん」に縮小してしまう愛し方から一歩引き、その成熟や変化をも祝福できるかどうか。愛でることの快感に溺れすぎず、相手の尊厳という見えない輪郭を尊重することこそが、この熱狂の渦の中で私たちが失ってはならない最低限の作法だろう。 (出典: バブ扱い(Yahoo!ニュース))

伊藤 美咲 (Misaki Ito)
デジタルコンテンツ編集者
伊藤 美咲 (Misaki Ito)

速報性と正確性を両立させたコンテンツ制作を担当。ユーザーが今知りたい疑問に丁寧に答えます。

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